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解説・時代背景
「雛形若菜の初模様・あふきや内春日
――ART――
オリジナル版画
アートプリント
抽象画
浮世絵

オーロラアート
その他のアート

―Interior・Item―
ドリームライト
照明器具


―other・Item― 
江戸も泰平の世が続くようになると、町人階級もそのもて余る金力によって華美な生活に憧れるようになって衣類の奢侈(きゃし)が生まれている。

そこで染工、染物業などが少しでも新形の図案を求める傾向が寛文年間(1661−1673)から「雛形本」が刊行されるようになり、その作画を浮世絵師が担当する事が常識となった。

こうした新春の新形の衣装を新吉原の遊女が着飾った風俗をテーマにした美人画が、磯田湖竜斎によって発表された。

それは安政5年(1768)ごろから天明2年(1782)ごろまで描かれたとされ、現在101種の作品が分っている。版元は西村与八即ち西村永寿堂であった。

版元西村は、湖竜斎が晩年肉筆画に専念するようになると、鳥居清長を起用してその続編とも言える企画を続けている。この清長描く「駒形若葉の初模様」シリーズは現在11図分っている。


◆本図の扇屋春日野は、新吉原の大籬であった扇屋右衛門のお抱えおいらんで、春日野が「新吉原細見」に記されているわかな、小てうという二人である。

そして彼女の姿は、喜多川歌麿が寛政1年ないし2年(1789・90)に制作したと考えられる「大黒屋店先」という大判三枚続きに見受けれているだけで、他にその作例を見ないので、こうした事により本図の制作年次が大体予想できるといえる。


筆者春山は、生没が不明であるが、勝川春章(1726−1792)の門人で天明6年(1786)ごろ、泉守一の門に入り、泉昌有と改めたが、僅かの歳月で春山に復したという。

彼は、勝川派の絵師であるのに、役者絵よりも美人画の作が多く、天明期(1781−89)の浮世絵美人画界の人気絵師鳥居清長(1752−1815)の作風に影響を受けている。

本図にも女性達の顔の描写に春山独特の作風を感じるものの構造は異色共に清長そのものだといえるほど、清長に近い作風である。

◆従来春山のこのシリーズの作では「おうぎや内華扇」の一図があることが紹介されていただけで、本図は全くの新発見の作である。

◆美人三人と禿二人の五人群像は華やかな中に重量感が溢れ、精巧を極めた彫師の力により迫力さえ感じられる立美人の秀作である。
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